約50年前まで運行していた旧耶馬渓鉄道と旧国東鉄道の3車両をリフォームし、駅舎をイメージした木造建築の中に面影を残しつつ取り込んだ宿泊施設。
施設内は旧耶馬渓・国東鉄道遺産の世界観を楽しめる素材選定・空間構成を行っており、廃線車両の維持保存にとどまらない、地域の文化継承や活性化を目的とした革新的なプロジェクトとなりました。また、新築の木造建屋内に約25トンの車両を設置するため、地震に対し十分な耐力を持たせる構造計画も行っています。
リニューアルの
きっかけ
地元産業のけん引役として長く地域を走り、廃線となった旧耶馬渓鉄道と旧国東鉄道の車両たち。クライアントの先代がその歴史を偲(しの)んで購入後は、地域のシンボルとして屋外に保存されてきましたが、約50年の間、野晒しの状態で修繕しながら維持してきたために老朽化が進み、もはや保存が困難になっていました。また、名勝「耶馬渓」の雄大さを一目見ようと、毎年多くの人が訪れる中津市ですが、近年、観光客は減少し、昔ながらの宿泊施設は次々に廃業へと追い込まれるなど、町は大きく変貌していました。
「経済規模が縮小するなか、歴史ある車両を活用し、次世代へつなぐことはできないだろうか」。こうしたクライアントの要望を受けた住友林業ホームテックは、貴重な車両の永続的保存と地域活性化に貢献することを目的に、傷んだ車両を往年の面影を残しながら修復し、新築建物内に取り込んで独自の世界観を楽しめる宿泊施設に再生することとしました。そこには、かつての鉄道がそうであったように、この計画が再び地域の誇りとなるよう願いも込めました。
ご要望&解決
住友林業の施設リニューアルでは
このように解決しました
一般的に廃線車両は、屋外に野晒しのまま維持保存されていることがほとんどです。時が止まったかのように佇む姿には味わいもありますが、屋外設置の場合、劣化が進みいずれは朽ちてしまいます。本リニューアルでは、その延長線ではない新たな発想で考える必要があると考え、コンセプトとしたのは「駅舎の中に佇む車両と共に泊まる」。“地域の誇り”を未来へつないでいくために過去の資料を集め、抱えている現状の問題を洗い出し、あるべき姿を模索した結果、リフォームした車両を丸ごと新築建物内に設置するという発想にたどり着きました。
「車両が刻んできた歴史を、快適さ・清潔さ・安全性を担保した車両の中、そして車両の外(駅舎内)で存分に味わい、非日常を体感する。訪れる人にとってまさしく特別な体験となるのでは、と考えました。また、この施設は地域の文化継承と活性化を目的としているので、近所の子どもたちが気軽に見に来られるようなオープンな計画としており、地域との交流も大切にしています」(担当者)
リニューアルのポイント
車両の個性を最大限活かすことができるよう、各々に名前とテーマを与え、それに沿って素材選定・空間構成を行っています。テーマは調査時の聞き取りと、実際に車両が走っていた当時の写真を基にしており、それぞれ下記のリニューアルを行っています。
【青の社】濃藍の畳を市松模様に敷き詰めたホーム。車内に入ると随所に使われている藍色と石壁のアクセントが、青の洞門を彷彿させる。
【国東の社】寝室の壁やドアのエッジには国東の自然をイメージし、「竹」を使用。畳は「くにさき七島藺」。国東の大自然と岩屋へと続く神秘性を表現。
【耶馬渓の社】当時の座席の跡をそのまま残した腰壁が歳月を感じさせるばかりでなく、大正時代のレトロな装飾と織り交ざるように。寝室には組子細工の中抜障子をあしらい、洗面所には歴史ある「小鹿田焼」の手水鉢を設え、懐古的な空間を演出した。
また、3車両は平成29年に名勝・耶馬渓を巡る「やばけい遊覧」が日本遺産に認定されたことにともない、「旧耶馬渓鉄道関連遺産」の構成文化財となっています。
リニューアルの成果
汽車ポッポ「別邸」は1部屋3万円、一人あたり食事付き1.5万円の料金を設定し、既存のビジネスホテルも食事付き5,000円へと改定。「2つのホテルの料金の乖離を、施設全体にテーマ性を持たせて埋めることは、大きな挑戦でした」と担当者は振り返ります。また、住友林業ホームテックは中津市役所の観光課を巻き込み、中津城や耶馬渓といった市内観光施設との連携を打ち出します。オープニングセレモニーやメディア発信も市主体で行われ、多くの取材機会を獲得。その一部は海外でも報道されました。
「こうした大きな取り組みにつなげられたのは、組織のバックアップ体制があったからこそ。施工の現場も含め、住友林業ホームテックのネットワークが大いに生かされる事例になりました」(担当者)
コロナ渦のオープンとなり、スロースタートを余儀なくされた汽車ポッポ「別邸」ですが、その後は県独自の観光施策もあり、稼働率は徐々に上昇。
訪れるお客様は、鉄道ファンはもちろんですが、小さなお子さん連れのファミリー、2~3人の女子旅、団塊世代の男性の一人旅など、お客様の層はさまざま。初めていらっしゃった方は建物に入ってプラットホームと車両を見た瞬間に誰もが「すごい!」と驚き、車両に入るとまた「すごい!」と二度びっくりされるそうです。車両内部は1組貸し切りで、80~110㎡台と広いため、「お部屋のすべてを本当に私たちだけで使っていいんですか?」と尋ねられることもあるそうです。また、車両内やプラットホームを、興奮して走り回るお子さんも多いのですが、一般的なホテルのように上下や左右に部屋がないため、他のお客様の迷惑にならないことは親御さんにとってありがたいようです。
約3年の歳月をかけて蘇った車両たちは今後も「汽車ポッポ」と共に歩み続けます。
オーナー様からの声
「劣化が進行した廃線車両の活用法」という難しいことをお願いしましたが、何度も打ち合わせを重ね、私たちの思い・イメージをていねいに言語化していただき、最終的に鉄道のホテル、汽車ポッポ「別邸」として再生することができました。
熱心な対応に加え、魅力的な多くのご提案にとても満足しています。先代の遺した大切な想い出を未来につなげることができ、感無量です。