「マイナスリフォーム」という選択肢 減築で叶える夫婦2人の"ちょうどいい"暮らし

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「リフォーム」という言葉には、どのようなイメージがあるでしょうか。手狭になったので増築工事をする、足りない機能を追加する、新たな設備を付け足すなど、現状にプラスする、というイメージを持つ方も多いことでしょう。

住まいと家族は、共に成長していきます。夫婦2人で始まった生活も、子どもが産まれたり、ペットが仲間入りしたりすれば、どんどん変化していきます。住まいには賑やかな声が響き、空間の密度は少しずつ大きくなっていくことでしょう。

しかし、子どもは成長とともに活動範囲が広くなり、家の外で過ごす時間が増えていきます。やがて独立し、外に新たな住まいを持つこともあるでしょう。そうなったときに行うリフォームは、プラスではなくマイナスになるかもしれません。家族の実情に合わせて住まいの要素をミニマムにし、ゆったり豊かに暮らすことも素敵な選択になりうるのです。

今回は、この「マイナスリフォーム」について、みていきましょう。

仕切りをマイナスにする

私たちは用途や要望に合わせて広い空間を壁で仕切り、その壁にドアを取り付けて空間をつないできました。しかし、子どもの独立などで家族の人数が減ったり、暮らし方の変化で使わない部屋が出てきたりした場合には、空間を細かく仕切る必要はなくなる場合があります。
リフォームによってこうした仕切りをマイナスにすれば、空間を大きくとらえ直すことができます。仕切りの戸を取り外したり、壁の一部を撤去したり、小さく分けられていた空間をおおらかにつなぎ直してみましょう。

下図は、間仕切りの戸や壁の一部を取り外した例です。上部ではキッチンと洗面室の間にある壁を一部撤去しています。家事での利用頻度の高い2室が直接行き来できるようになるので、作業性は一気に向上します。
また、図面下部ではリビングと和室の間の引き分け戸を取り払い、1室につなげています。引き分け戸は開口部の幅が広いように見えますが、その開口幅の半分には必ず戸があります。この戸を取り払ってしまえば部屋の閉塞感が解消され、空間の印象が大きく変わります。
応接や客間などを想定して設けられることの多い和室ですが、家族のために解放すれば、利用頻度を上げることができます。

図)リビング・和室間の間仕切り戸を撤去する例 筆者作成

複数の部屋を1室にまとめてしまうだけではなく、ゆるく仕切りながら家族の気配を感じやすくすることもできます。
下の図は主寝室と洋室を大きな1室とし、共有のウォークインクローゼットで空間分けをした例です。子どもが独立して空いた部屋を活用し、ご夫婦の就寝スペースを独立して設けています。

この案では2室として完全に分けるのではなく、相手の気配を感じられる程度に開放してつなげています。共通の場であるカフェスペースや収納をあいだに設けているので、空間を分けながらも一体感を得ることができます。

図)主寝室・居室間の壁を撤去し1室とする例 筆者作成

程よい距離感がつかめるようになった家族関係だからこそ、距離を空けながらも気配を感じるだけで安心して暮らせることもあります。壁を取り払うことで、部屋ごとで成立していた関係を建物全体で捉えなおすきっかけになるでしょう。

面積をマイナスにする

建築物の床面積を増やす「増築」はよく聞く言葉です。その反対に「減築」という言葉もあります。建築物の床面積を減らすことです。建物の一部を撤去する方法、2階建てを平屋にするように階数を減らす方法、2階床の一部を吹抜けにする方法など、減築方法はさまざまです。

国土交通省「減築による地域性を継承した 住宅・住環境の整備に関する研究|p.2 図1-1 減築のパターン」より引用

ところで、減築にはどういったメリットがあるのでしょう。建物の一部を除去する減築では、面積が減ることで維持管理の負担や空調などの光熱費の削減につながります。
屋外空間が広がることも魅力のひとつです。テラスにテーブルやイスを並べ、風にあたりながら外でひと時を過ごしたり、植栽して部屋からの眺めを楽しんだりできるようになります。

下図は2階の居室を1室撤去し、バルコニーの面積を増やした例です。洗濯物を干すだけだったバルコニーが、執務の合間や一日の終わりにほっと一息つける屋外空間に変わりました。
2階は道行く人と視線が合うこともないため、より寛いだ時間を過ごせることでしょう。

図)2階居室を減築し屋外テラスとした例 筆者作成

2階建てを平屋にする減築では、建物自体の重さを軽減できるので耐震性の向上が期待できます。階段として使っていた面積を書斎コーナーや収納など別の用途に使うことも検討できるでしょう。

要素をマイナスにする

成長過程の住まいでは、各室に多くの要素が詰め込まれていました。たとえば、子ども部屋では寝る、勉強する、友人を招く、趣味を楽しむ、収納するなど、あらゆることが行えるようになっています。しかし、何でもできて便利な反面、手狭になったり室内が雑然としたりと、少なからず課題も抱えていたともいえます。

一室に複数存在していた要素を減らすと、その空間の性質がはっきりしてきます。この部屋では寝ることが目的だ、この空間では趣味を楽しみたい、物はここにすべて収納したいなど、用途に合わせた充実した空間を作ることもできるのです。

詰め込まれていた要素を分解しやすくする例として、洗面室が挙げられます。一般的な洗面室には洗面台と洗濯機が置かれ、来訪者が手を洗いに入るパブリックの要素と、脱衣や洗濯をするプライベートの要素が混在しています。住まいの成長が落ち着き、空間に余白がでてきたら、洗面室の要素をマイナスし、他の場所に分散してみるのもよいでしょう。

下図は減築によって2階建てを平屋にし、使わなくなった階段部分と洗面室をリフォームした例です。リフォーム前の洗面室には「手洗い」「脱衣」「洗濯」の要素がありましたが、リフォームによって「手洗い」の要素をマイナスにしました。
要素が混在していた時は、着替えの最中や入浴中に誰かが入室してくることもあったでしょう。しかし、脱衣と洗濯に限定すれば、こうした心配はなくなります。

また、洗面台のあったスペースを作業台とすることでアイロン掛けや洗濯物をたたむ場所を確保でき、ランドリー空間としての質も上がりました。
洗面台はパブリックな廊下に出すことで、誰でも気軽に使えるようになります。廊下のようなパブリックな場所でも、向きや場所を工夫すれば目立つことなく設置できます。

図)2階建を平屋に減築し、階段・洗面室をリフォームした例 筆者作成

終わりに

厚生労働省によると、令和2年現在、40歳の平均余命は男性で42.57年、女性で48.40年、50歳の平均余命が男性で33.12年、女性で38.78年、60歳の平均余命が男性で24.21歳、女性で29.46歳となっています。

厚生労働省「1 主な年齢の平均余命 表1 主な年齢の平均余命」を参考に筆者作成

家族や住まいが成長のピークを迎え、暮らし方が安定した後も、私たちの生活は長く続いていきます。そして、年齢を重ねた後は、無理せず暮らせる住まいが求められていきます。

新たな暮らし方に合わせ、長く付き合っていける住まいとはどんなものでしょうか。20世紀の近代建築の巨匠、ミース・ファン・デル・ローエの有名な言葉に「Less is more.(より少ないことはより豊か)」というものがあります。
自分の手に抱えられるだけの大切なものに囲まれて、ゆったり暮らすという選択もまた、素敵な日々を得るひとつの方法になることでしょう。