相続した実家は今や空き家~家の終活大作戦!

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ワインカラーの空が少しずつ暗みを帯び、山あいの遥か遠くに星が輝き始める頃、疲れたからだを引きずって田舎道をとぼとぼと歩いていると、暖かい光が見えてきました。母がつけてくれた玄関灯の明かりです。
父とのケンカ、かわいがっていた柴犬、3年に1度実る柿の木......思い出の詰まった家を母が売却したときは私の方が感傷的でしたが、その一方で、母の安全や家の老朽化の心配から解放されたことは確かです。あのとき、母が思い切った決断をしなかったら、あの家はいつか空き家になっていたのだろうかと考えることがあります。

最近、相続した空き家について、顧客から相談を受けることがあります。特に、放置している空き家についてのご相談が多くなっています。

そこで、「空き家を放置するリスク」とその理由を徹底解説し、自治体・国の施策についての知識もお伝えします。そのうえで、「空き家の処分・活用の具体策」に歩を進めていきましょう。

放置はトラブルのもと~空き家対策入門編

次の事例で考えてみます。
Aさんの実家では、Aさんのお父様であるB男さん、Aさんのお母様であるC子さんが暮らしていましたが、B男さんが5年前に他界。その後、C子さんも3年前に亡くなりました。
C子さんは、家だけではなく預貯金も有していたため、Aさんは相続放棄せず、預貯金と空き家を相続しましたが、その後は忙しく、実家に足を運ぶことはありませんでした。
では、空き家を放っておくと巻き込まれる代表的なトラブルを、一戸建てとマンションに分けてお話します。

倒壊したら所有者に責任! 古い一戸建てはリスク大

ある日、実家の近所の住人から「実家のブロック塀が倒れてケガをした」と連絡が入りました。 Aさんの実家は確かに古い一戸建てですが、実家に住んでいないAさんに責任はあるのでしょうか?

民法717条では、「建物、塀などの工作物によって損外が発生した場合、使用者がいなければ所有者が損害賠償義務を負う」としています。この所有者の責任は無過失責任と呼ばれ、Aさんに過失があろうがなかろうが、Aさんはケガを負った人に対して、損害賠償義務を負うということです。
また、Aさんは民法上の責任を負うだけでなく、倒壊などの危険性のある空き家を放置していると、自治体から状況の改善を求められることもあります。自治体により「特定空き家」と認定された管理不全の空き家は、周辺の生活に悪影響を及ぼさないよう改善を求める旨の自治体による「助言、指導」「勧告」「行政代執行(強制的な取り壊し)」が行われます。

住んでいなくても管理費が発生! マンションの費用 

次に、Aさんの実家がマンションである場合について考えてみましょう。何度もマンションの管理組合から督促されていたにもかかわらず、Aさんが管理費を支払わないままでいると、どのようなトラブルがあるのでしょうか?

C子さんの財産を相続したAさんは、マンションの所有者です。所有者であるAさんはマンションを使用しているか否かに関係なく管理費を負担する義務を負うため、管理費の支払いを拒み続けると、訴訟を起こされることもあります。

知らないと損! 国や自治体の取り組み

このように空き家を放置しておくとさまざまな不都合が生じるため、自治体や国は、空き家の売却・賃貸を促進するさまざまな施策を打ち出しています。
ここでは「知っていると得する制度」を3つご紹介します。

1.空き家バンク

各自治体が、空き家の有効活用と地域活性化のため、空き家の情報を自治体のホームページで紹介しています。

2.空き家のリフォ―ム費用の補助

移住促進、地域の事業者活用などを目的に、空き家を貸し出す予定の所有者にリフォーム費用を補助する制度を設けている自治体があります。

3.被相続人の居住用財産(空き家)に係る譲渡所得の特別控除の特例

相続・遺贈により被相続人が居住していた家屋・その敷地を譲渡した場合、譲渡所得から上限3,000万円を控除することができる特例です。適用要件はいくつかありますが、特筆すべきは「相続の開始の直前において被相続人以外に居住をしていた人がいなかったこと」という点です。つまり「相続した空き家を売却した場合の特例」ということです。
なお、同一敷地内に親の家と、子の家があるケースの適用範囲の制限があります。

国税庁ウェブサイト「No.3306 被相続人の居住用財産(空き家)を売ったときの特例」を基に作図

実家の終活大作戦!~空き家対策実践編

空き家にまつわるトラブルや、国・自治体の施策について見てきましたが、ここからは、空き家の解消、つまり実家を処分・利用する具体的な方法にアプローチします。
「売却」「賃貸」「取壊し」の順に見ていきましょう。

空き家の売却~その極意

空き家を売却することができれば、固定資産税の負担や管理の手間から解放されます。しかし、「売れない可能性がある」ことも覚悟して、不動産会社などに相談する必要があるでしょう。数十年前は活気のあったエリアでも今や閑散とした街や、地方の山間部に実家がある場合、なかなか買い手が付かない場合もあるからです。

なお、空き家の売却には、不動産仲介会社に仲介を依頼する方法と、空き家買取りを専門とする不動産業者に買い取ってもらう方法があります。どちらにしても、「安くてもよいから手放せるなら売ってしまおう」と、腹をくくって1歩踏み出すことが大切です。
売却額で納得いかない場合に考慮すると良い数値は、空き家を所有しつづけることで払い続ける固定資産税(都市計画税含む)です。たとえば、年間5万円だとしたら、自分があと30年生きると仮定すると、その間に払う固定資産税は150万円です。この負担を負うなら、格安でも引き取ってもらう方が得になる場合があります。

空き家問題の救世主? DIY賃貸

「DIY賃貸借」は、国土交通省の施策のひとつで空き家となってしまった賃貸住宅解消のため制度です。従来の一般的な賃貸借契約では、賃借人に内装などを変える自由は認められていません。そこで、賃貸住宅でも自分好みの部屋に住みたいというニーズにこたえる契約形態として、DIY賃貸借が生まれました。

DIY賃貸借では、賃借人が自分で部屋をリフォ―ムを行うことができ、契約内容の範囲内のDIYであれば、原則として退去時に原状回復義務を負いません。

自然豊かな山間部や海沿いの古家、郊外のマンションでも、賃借人が自由にリフォームできる部屋なら住みたいという人もいる可能性があり、空き家である実家を売却できない場合、DIY賃貸借で貸し出すこともひとつの方法です。
ただし、実家を賃貸した場合、雨漏りや設備の不具合などの修繕費は貸主が負担しなければなりません。また、家賃を滞納されるリスクもあります。実家を売却するまでの一時、定期借家としたり、家賃保証会社の利用を検討したりする必要があります。

更地で活用、実家の跡地

空き家である実家の売却と賃貸のどちらも難しい場合、空き家が一戸建てであれば、空き家の取り壊しも検討しなければなりません。一定の要件を満たせば、自治体から空き家解体費用を助成してもらうこともできます。
空き家を取り壊し更地にして、駐車場や資材置き場・家庭菜園などの用途で貸し出すなど、土地の再利用も考えてみましょう。ただし、住宅用地の場合は固定資産税の課税標準額が軽減されていますが、更地には住宅用地の固定資産税の特例はありません。老朽化した空き家の維持・管理費用と解体費、固定資産税を総合的に考慮し、空き家をどう処分するか決断する必要があります。

総務省ウェブサイト「自治税務局固定資産税課|固定資産税制度について」を基に作図

親の終活サポート大作戦

子にしてみれば、実家が古ければ古いほど、駅や商店街からの距離が遠ければ遠いほど、早く安全で便利な場所に住み替えてもらいたいでしょう。親が元気なうちに積極的に終活を考え、実家の処分・住み替えを検討してもらえるよう努力することが大切です。ただ、親の気持ちになれば、年老いてから住み慣れた家を出るということは、人生を終わることと同じくらい重い意味を持つかもしれず、生前に実家を手放してもらうのが難しい場合もあるでしょう。

親の気持ち、子の気持ち

数年前、筆者の母は、父が老人ホームに入所したのを機にプロ顔負けの手際で家を片付け、3カ月で駅前の新しいマンションに住み替えてしまいました。
今になってみると、母のあの気迫の裏には、さまざまな憂いが隠れていたかもしれないと思うときがあります。母は終活したからといって物分かりが良くなったわけではなく、年を取るほどに頑固になっています。しかし、これを「母は、私に甘えたいのかもしれない」と気づいた瞬間、自分のなかに覚悟が生まれました。深い愛情で母に接しなければならないのだという悟りにも似た境地です。

年老いた親とどう接するか覚悟を決めることで、新たな親子の役割が見えてきます。その覚悟が、親が終活をスムーズに進める特効薬となるのではないでしょうか。